今から36年遡る。
1989年、吉祥寺にシルク専門店を開店した頃、にわかにシルクブームが来ていたのかと思い起こします。開店すると、「ジャパンシルクセンター」所長の故金澤さんから「NHKが夕方のニュースで放送したいからって、取材に行くよ。」「ラジオたんぱから問い合わせがあったからお宅を紹介したよ。」そんなメッセージが次から次と来て、「シルク専門店シルクマルベリー」は多くのメディアに紹介されました。ときは、バブル。お金が余っているのか、12万円のベビー服もすぐに売り切れました。そんな時代も長くは続かず、吉祥寺店は本業の鉄鋼部門から目が行き届かなかった理由で「金喰い部門」として、1995年に切り離されます。
シルクを研究する機関も多かった。
会社の存続はともあれ、多くのシルクの文献が発行されたのもその頃。魅力溢れるシルクの機能や、特性が研究によって発表されました。きっと世の中にお金があった分、研究費用も潤沢に使うことができたのでしょう。

このなかに、興味深い話題があります。
日本のシルクアメリカの赤ちゃんを救う

正絹の肌着が手に入らなければ生命が危ない
アイダホ州に住むフレッド・マクフォール夫妻の生後2ヶ月の赤ちゃんトラビスちゃんは皮膚が非常に敏感で、ちょっとした摩擦でもすぐ全身に火ぶくれを起こす奇病にかかった。これはアメリカでも過去100年間でも3例しかない奇病だった。医師もこの子の成長は難しい。せめて、正絹の肌着があったらトラビスちゃんの命が助かるのですが。しかし、この地では、正絹は入手できない。「どなたか坊やを苦しみから助けて!絹織物はありませんか?」という手紙が日本の商社マンの目に入ったのだ。商社マンはすぐに白羽二重2反を取り寄せて夫妻に贈った。すると、正絹の肌着にくるまれたトラビスちゃんは嘘のように火ぶくれは治まり、ミルクも飲むようになり、危険を脱出した、という。このニュースはシアトルの新聞に大きく報じられた。
